ドラゴン(5)

その後

血塗れのまま帰ったアルに国中が大騒ぎした

血塗れの姿もそうだが、皆が恐怖を抱いたのはもう1つ…

今まで誰にでも優しく微笑んでいた彼が…

怒りと憎しみに満ちた目で、ニヤッと笑みを浮かべていた

国王は暫く休養する様に言ったが


『休養など必要ありません

 あのドラゴンを殺す為に、僕は術(すべ)を学びに行きます

 どうかお許し下さい』


国王は目付きや雰囲気が変わったアルに恐怖を抱いた


『(この子はドラゴンに呪われてしまった…。

  これからどんな災いが国に降り掛かるか…っ)』


そう懸念した国王は、表向きはアルが学びに国を出ると通達し

実際は、国から追放させた


このキッカケにより、想像を絶する事が起きるとも知らずに…

 

 

アルは、王族として学んでいた時にその存在を知った闇市場

そこで呪術書を手に入れ

分厚い本を毎日毎日読み耽る


『こんなモノじゃ駄目だ!

 もっと…っ!もっともっと!アイツに相応しい死を…っ!!

 いや…、ちょっと待て…

 アイツは人を大勢殺してる

 しかも、一度死んだ位じゃ死なないと言ってた

 二度殺しても、どうせ生き返る

 …だったら殺すんじゃなく、生きながらに苦痛を味わわせれば…っ!

 そうだ!アイツは死なせない!

 人々を殺してきた分の

 いや、それ以上の苦痛を生きながらに味わえばいんだっ!!!』


そして最後のページまで捲り終えた


『どれもこれも駄目だっ!もっと!!もっとないのかっ!?』


バンッ!と本を叩くと裏表紙の一部分がベリッと破れる


『ッチ…、ボロい本め。…ん?』


破れた箇所から、文字が見える

ビリッ!と裏表紙を破けば、真ん中に赤く禁と書かれている呪術が

読み進めていくと、アルには狂気の笑みが


『! これだ!これなら!』


呪術書に、使われない様に隠してあった禁忌の呪術


『呪う対象がその場にいなくても…、念じれば強制召喚出来るのか』


発動条件は


『およそ2000万人の生贄?』

 

…確か、


『ズメイ国には、それ位の人間がいるよな?」


...フフッ…皆、いいよな?

皆の命で、アイツに地獄の苦痛を味合わせれるんだ

こんな素敵な呪術の生贄になれる、光栄だろ?

アルの表情は狂気で満ち溢れていた


だが…、その考えは浅はかだった

呪術書は、あくまで人間を対象としたモノだった

そして呪う条件は、呪う対象と同等のモノでなければならない

アルが呪い殺そうとしてるのは、神と同等である…ドラゴン

そんなモノを対象にしたのに

生贄が2000万人必要な、人ひとりを特定の呪いに掛ける呪術などで釣り合う筈が無い

そもそも、禁忌だろうが高等の呪術だろうが

神に並ぶドラゴンなら、呪い返しが簡単に出来てしまう


そんな事は露知らず

アルは自国へ帰り、禁忌の呪術を発動した

生贄となった国民は1人残らず灰と化したが、当然…ドラゴンは強制召喚などされず

対象が無い呪術は発動した者に返り

アルは1日…いや、一瞬にして、ズメイ国を滅ぼしてしまった


そして…


人を呪わば穴2つ

呪術を使用し

成功しても不治の不調をきたすか…いずれかの部位を失い、失敗すれば必ず死に至る

呪い返しを受けた者は、どんな呪いだろうと激痛を味わいながら死に至る

死に至った先にあるのは…無

天国でも地獄でもない…、何も無い暗闇を永遠と彷徨い続ける


…だが、アルは生きていた

禁術の呪い返しを受けながらも、生き長らえていた


「何で?何で…アイツが出てこないんだ…」


その禁術は、生きながらに身が朽ちていく呪い

突然

ガクンッ!と足に力が入らなくなり、前に倒れる

足を見ると


『…っな…っ!?』


足は皺々の皮膚になり、骨が浮き彫りに


『…っな、何だよ…っこれ…っ!?』


手を見ても、同様に皺だらけになっていく


『何で…っ、何で何で何でっ…!?』


すると


『…っぁ!?』


体中に焼ける様な痛み


『あ…、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い…っ!?』


何かが骨に沿って肉を食っていく感触が…っ


『やだ…っやだやだ…っ!止めろっ!気持ち悪いっ!嫌だっ…!!!』


誰も居なくなった場所で、1人泣きながら這いつくばる


『あ…、誰か…っ!誰か…、助け…て…っ』


体の中のどこかでミシッミシッミシッと音が鳴った

瞬間


『!? うぁあああああああああああああああっ…!?!?!?』


今度は体中に激痛が走る


『痛いっ…痛い…っ!こんなの…もうやだっ!お願い…っ、助けてっ!』

〔それは叶わぬ〕

『!?』


上を見上げると、そこにはあのドラゴンが


『!? お前…っ!今更来たのかっ!?』


お前の所為で…っ!


『お前の所為で…っ、お前の所為で僕はこんな目にっ!!!』

〔我は何もしておらぬ、全ては貴様が無知なのが故よ〕

『何…だと…っ!?』

〔悪しき気配を感じて来たが、貴様…、呪術を使うたな〕

『そうだ!お前に…っ、苦痛を味わわせる為にっ!!』

〔…貴様はその為だけに、この国の者を贄にしたのか…〕

『そうすれば!お前は強制的にここに召喚される筈だったんだ!

 お前が永遠に苦しむ筈だったんだぁっ!!!』

〔我が、強制的に…か。…小僧、無知なのも大概にしておけ〕

『あ!?』

〔人間ごときが使う呪術が我に通用すると、本気で考えたのか〕

『…っ!あの本は、一国の王が危険だと判断した闇市場で手に入れたモノだぞ!?』

〔どこでどんなモノを手に入れようが、所詮人間の呪術だ〕

『…っ!?許さないっ…!お前だけはっ!!絶対に許さないっ!!!』

〔貴様が呪い返しを受けたのは、自分で引き起こした事だ

 生きてゆける程度には強制的に回復し、その際に激痛が伴う様だな

 …不死の身で朽ちてゆく呪い

 どれ程の苦痛を味わおうとも、死にたくとも死ねない…最悪の組み合わせの呪いだ〕

『…っ…!』

〔貴様は、己の都合で多くの罪の無い同族を殺めた

 その中には、親兄弟も…

 その呪いは己の業だ、己が犯した罪を未来永劫背負い続けるのだ〕


ドラゴンは翼を羽ばたかせる


『! どこへ…っ!?』

〔我がどこへ行こうと、貴様には関係無かろう〕


ドラゴンが飛び立っていこうとする瞬間


〈待て〉


突然、天から声が聞こえたと思ったら

ガシャンッ!とドラゴンが白い檻に閉じ込められた


『…え?』

〔!? これは…〕


ドラゴンが上を見上げ、アルも苦し紛れに見上げるが誰もいない


〈ドラゴン…、其方は、己には否が無いと申すか〉


いないが、確かに上から声が聞こえる

訳が分からず茫然としてると、ドラゴンはグルルッ…と唸り


〔ならば問う 我に何の否がある〕

〈其方は、そこに伏している者の所業を止められた

 其方が動いておれば、罪の無い人間が死なずに済んだのだ〉

〔この国の人間は過去に我を殺めた者の血筋、そんな者共を救えと言うか〕

〈血筋が繋がっていようとも、其方と人間の事は過去に終わっているのだ

 今を生きている人間に、慈悲を向けようとは思わぬか?〉

〔そんなモノ、此奴等が欲をかいた時点で消え失せておるわ〕

〈…そうか。ならば、そこから出す訳にはいかぬ〉

〔…、何だと?〕

〈其方が、1人でも人間を信じた時、その檻は消える

 それまでは、其方の力を吸い取る様に出来ておる〕

〔貴様…っ、ふざけた事をっ…!〕


ドラゴンは怒り、檻を破壊しようとするがビクともしない


〈無駄だ 例え我等…神と同等の存在とはいえ、所詮はドラゴン

 神が作りし檻は破れん〉

〔く…っ、貴様ぁっ!!〕

〈怒りが鎮まるまでは、暫く他の地へと行っておれ〉


すると

ドラゴンは檻ごと消えてしまった


〈そこの人間よ〉

『………、え?』

〈贄とした者達の魂は輪廻を巡り、また新しい命へと繋いだ

 それがせめてもの慈悲だ

 其方が犯した罪もまた深きモノ

 その呪いを受けた体で悔い改めながら生きていくがいい〉

『ちょ、ちょっと待って…っ!』


アルが必死に天へと手を伸ばすが、神の声は聞こえなくなった


『結局…、あのドラゴンを殺せないまま…』


ギリ…ッと歯を噛み締める


『許さない…っ!絶対にっ…!

 絶対に見つけ出してっ、この手でアイツを殺してやるっ!!』

 

 

それからの世界では

ズメイ国は、その地に居たドラゴンによって滅ぼされたと語り継がれている

最初の語り手が、ズメイ国の唯一の生き残りだという噂と共に