5…依頼人

玄関に行き、靴を履くと


「行くぞ」


栞の手を握れば《テレポート》で、どこかの部屋に

まだ朝日が無ぇから薄暗い


「ここは?」

「俺が与えられてる部屋だ」


栞はクローゼットからスーツと金髪のウィッグを取り出す


「今回はどんな依頼なんだ?」


スーツって事は、護衛とかじゃないのか?

しかも髪が金髪って…外人かよ

栞は身なりを整えながら


「簡単に言えば護衛だ」


簡単に言えば?


「護衛なのにスーツでいいのか?」

「今日はいいみたいだな

 依頼人がクローゼットに、その日に合わせた服を入れてる

 昨日はドレスだった」

「…は?ドレス?」

「行くぞ」


廊下を歩けば、奥に扉が見える

栞がノックすると、中から若い男の声が

栞に続いて入れば、暖色の落ち着いた感じの部屋になってる

俺達から見て正面になってるソファには、金髪の男が


「おはようございます」


頭を軽く下げる栞に倣い、同様にする


「おはようございます」

「おはよう、今日も宜しくね」

「桜井さんから伺ってると思いますが

 彼が今日から俺に付く組員の「桜井 蓮君、だろ?」」

 

急に名前を呼ばれ、目を見開く

ちゃんと零(レイ)って偽名を考えてたのに

必死に動揺を隠す中、栞は焦りを見せず無表情で


「桜井さんから全て、伺ってるんですね」

「ああ」

「では、俺に付くのも了承して頂けてると」

「最初は栞だけって指名してたけど、桜井さんから話を聞いたら面白そうだと思ってね」

「…なら、もういいですか?」

「ああ、芝居はもう止めようか」

「……、芝居?」


クス…と男が笑うのが聞こえた

栞を見ると、ニコッと微笑んでる


「アハハハッ!いやぁゴメンね?堅苦しい雰囲気出しちゃって

 全部聞いてるよ、桜井さんの弟君」


男はソファから立ち上がり、俺達に近寄る


「初めまして、俺はケイ・クルーズ。れっきとした桜井組の組員だ、ケイでいいよ」

「…え?」


うちの?


「じゃあ何で…」

「色々と疑問がある様だね」


ケイさんは栞を見る


「栞、俺の事はどこまで話してる?」

「基本海外にいるって事しか」

「オッケー

 まず!俺が日本にいるのは、今のクライアント達が揃いも揃って日本に移動しててな?

 メールとかじゃ済まないから俺もこっちに来たんだ

 ちなみにここは桜井家の別邸な

 次に!桜井組や俺自身が海外で有名なんだ、良い意味でも悪い意味でも!

 それは日本に来ても変わらない

 でもな?困った事に俺は武道はからっきしダメなんだ

 その分頭は良いよ?」


ケイさんは顳顬を指先でトントンッと突いてニコニコと話す

 

「普段SPしてる奴は俺の代わりに海外での仕事を任せてきた

 桜井さんのご厚意で必要な物を揃えて

 護衛をどうするかって時に、顔が見たくて栞に頼んだんだ」

「…」


俺は栞とケイさんを見合わせ


「いつ知り合ったんだ?」


ケイさんは栞に近寄り、栞の肩をグッと抱き寄せる


「栞が鷹になった時」

「!」


そんな前から!?


「数年前、ある仕事をする為に日本に来た

 それが終わって栞に会おうとしたが

 海外での仕事が山積みでな、強制的に戻された」

「ある仕事?」


ケイさんが栞を見る


「いいか?」


栞が頷く

ケイさんが栞から離れて目を瞑ると、ケイさんの体が赤く光り始める


「!?」


数秒後には、ケイさんがいた筈のとこに猫が


「……………、は?」


人が、猫に…なった?

呆然としてると


「蓮、桜井さんから聞いてないか?

 俺が攫われてた組織に、内通者がいるって」

「…」


必死に過去を思い出す


『そういえば、内通者なんていたのかよ』

『ん?ああ』

『だいぶ前からソイツ、奴等ん中に居るんだろ?

 よく気付かれねぇな』

『ああ、そりゃあバレねぇよ』

『?  何で』

『見た目が人間じゃねぇからだ』

『………は?』

『栞が退院して組に入った後、酒向以外にもう一人信頼出来る奴がいてな

    ソイツに栞が2つの力を使える様に仕込んだんだ』

『2つの力?』

『《メタモルフォシス》動物への変身の力と《リプレイス》他の動物への憑依の力だ』

『…そんな力もあったんだな』

『動物なら警戒しない。良いアイディアだろ?』

『だな』


「!? まさか、…ケイさんが?」

「そう」


猫が赤く光り、人型に戻る

ケイさんは目を開け、唇を片方だけ上げ


「納得したか?」

「…ああ」

「よし!蓮が納得したところで、依頼の確認だ」


俺と栞はソファに促される


「そういえば、クライアントの前では言葉遣いを気を付けてほしいが

 俺等だけの時は崩していいよ」

「いや、仮にも組員として仕事に来てますから…」

依頼人が頼んでもか?」

「…」


栞を見ると、苦笑して


依頼人の要望なら、断れない」


ケイさんに向き直すとニコッと笑顔だ


「…、じゃあ、そうさせてもらう」

「うん、その方が良いね!

 で、内容はどこまでかは聞いてるのか?」

「いや、何も…」

「ん〜、そうだね。簡単に言えば護衛

 でも栞には時と場合によって、立場を変えもらう」

「? 立場?」

「時には妹、そして時には…、恋人に」

「!?」

「俺は色んな場所に出掛ける予定があるんだ。

 兄妹で社長と秘書ってのもおかしくないし、時には女避けになるしな」


バッと栞を見るが、栞はソファに凭れ目を瞑ってる


「…」


兄貴や栞が、手を出すなときつく言ってた意味が分かった

俺も、今は桜井組の一員としてここに居る


「…分かった」

「ちなみに、栞の偽名は雫だけど、蓮にもあるだろ?」

「俺は、零(レイ)」


ケイさんは手を出し


「これからヨロシクね、レイ。俺も桜井組なんだし、ケイでいいよ」

「おう」


ケイと手を繋いだ瞬間、グッ!と引っ張られる

耳元で


「お前、栞の彼氏なんだろ?くれぐれも感情的になるなよ?」

「!」


ケイは俺と目を合わせ、ニヤッと口角を上げる


「いやぁ、これからが楽しみだなぁ」


こうして、俺の仮組員期間が始まった