10…紫音の怒り

あの日から、姉さんと蓮は顔を合わせてない

姉さんは組の仕事に専念し

蓮は大学から帰ってきてもすぐに自室に篭る

何も聞かないまま、姉さんから距離を取ってる

こういうのは当事者だけで解決するべきなんだろうけど

姉さんが苦しむのをもう、見たくない

 

意を決して

大学から帰ってきた蓮が部屋に入るのを確認して、部屋の前に


「蓮、話があるんだけど」

「…んだよ」

「入るよ」


蓮は机に向かって座ってる

距離を取って座るけど、蓮は振り向こうとしない


「蓮」

「だから、何だよ」

「姉さんの「アイツの事は聞きたくねぇ」」


声色と雰囲気が変わる

蓮はチラッと俺を見て


「話はそれだけか?なら出てけ」


俺は膝の上で手をギュッと握る

 

「蓮は、姉さんの話を「だからっ聞きたくねぇっつってんだろうがっ!!」」


蓮は振り返り、俺の胸元を掴む


「何を話すってんだ!

 栞は神崎とバルコニーに居た!二人っきりでな!?

 俺は見たんだ!栞の首に神崎が付けたキズを!

 それは栞がっ、神崎が近寄るのを…側にいるのを許したって事だろ!?」

「姉さんは蓮に、何かを言おうとしてたんじゃないの?」

「ああ。その前に力使って記憶を消されそうだったがな

 そんな後の話なんて、ただの言い訳だろ

 んなの聞きたくねぇんだよっ!」

 

 

蓮side

家に帰って部屋に戻ると、紫音が話があるって入ってきた

話はアイツの事だ

何も聞きたくねぇのに

カッとなって、紫音の胸ぐらを掴んで

あの日、俺が見たモノを言った

すると紫音は、今まで冷静な雰囲気と表情が変わり


「蓮は、神崎さんと姉さんが二人でいるとこしか見てない

 それに、姉さんが話そうとするのを遮って、一人で怒って

 姉さんを置き去りにしたんだろ」

「…それがどうした。恋人が他の野郎と…言えねぇ事をして

 それを忘れさせて、何も無かった事にしようとしてたんだ

 いいよなアイツは、そんな事が出来んだから」

「何で…」

「あ?」

「何でちゃんと姉さんの話を聞こうとしなかった!!

 俺は姉さんに事情を全部聞いた!

 神崎を拒めなかった理由を!

 姉さんが望んで、あんな状況になったと思ってんのか!?」

「…っ、どういう事だよ」


紫音は俺の手を振り解き、逆に俺の胸ぐらを掴む


「姉さんは俺や蓮!皆の事を考えたから、拒めなかった…何も言えなかったんだ!」


紫音は栞から聞いた全てを話した

 

「神崎を拒んだら俺や蓮…桜井家を堕とすと脅されて拒めなかったんだっ

 力を使ったのも、蓮が神崎に手を出さない様に《ヒュプノ》を掛けただけだ!」

「!?」

「父さんに聞いた、会場に戻ってからずっと壁に凭れてたって

 神崎に対してそんだけ怒ってるのに、何故か手を出さなかっただろ!?

 もしあんな場で殴ったりしてれば、どうなってたと思う!?

 蓮が神崎の思惑に嵌められない様に力を使っただけなのに

 蓮、姉さんに何て言った?」


『お前はいいよな。俺に言えない…どんなやましい事をしてたって

 力使って記憶を消せばバレねぇんだから』


「…っ」


俺は、栞に…なんて事を


「神崎は姉さんの変な噂を知ってた」

「噂?」

「神崎家の長女は、不思議な力を持つバケモノだって」

「!?」

「ソレが原因で誘拐されたんだって

 そんなのを聞いた姉さんは、力を使ったら神崎や披露宴にいる人達に騒がられて

 また…バケモノ呼ばわりされる

 それを恐れて、神崎に力が使えなかったんだ」

「…っ」


胸ぐらをグッと引き寄せられ、額がぶつかる

 

「分かっただろっ!

 怒りに任せて、どんな酷い言葉で姉さんの心に傷を付けたか!

 姉さんをまた一人で悲しませて、どれだけ苦しませてるのがっ!!」

「!」

「俺はもう、姉さんのあんな姿…見たくなかったのにっ!!」


紫音は怒りに満ちた目で、俺を睨む


「…姉さんは言ってた

 どんな怪我でも治せるし、人の記憶を消せる

 都合の悪い事だって、簡単に忘れさせれる。…蓮の言う通りだって」

「…っ!」

「周りからの目線や言葉を、姉さんは怖がってた

 …でも、言われたくなくても結局自分で思ったって…

 人には出来ない事が出来る私は、バケモノだって」

「!?」


バケ、モノ…


「姉さんは披露宴から帰って俺に話してくれてる間、一切目を合わせなかった

 でも、話の最後に目を合わせたのを今では後悔してるよ

 姉さんの目は何かを諦めた…光の無い目に変わってた」

「!」

「あんなの…っ、見たくなかったっ!!!」


茫然としてると紫音は俺から離れ、部屋を出て行こうとする


「! 待て紫音っ!」


紫音は襖に手を掛けて止まり


「…っ悪かった」

「それは俺に言う言葉じゃない

 でも、当分は姉さんに近づかないで」

「どうしてだ」

「分からない?姉さんは今、精神が不安定なんだ

 もし、もし…またこんな事になった時は…」


紫音が俺に向ける目は、今までに見た事が無い…冷たい殺気の篭る目


「一生、許さない」


紫音は自室へ戻っていく

 

あの時、栞が神崎と二人でいるのにイラついて

首に赤いキズがあるのを見つけて

何も言わないのが気に食わなくて、衝動のままに怒りをぶつけた

栞が力を使った時、勝手に記憶を消すなんて考えて

酷い言葉を言って、1人にした


俺が冷静になってれば、栞を傷付けずに済んだんだ


「し、おりっ…!栞!…ごめん、ごめんっ…!」


その夜、ずっと栞に謝り続けた

 

次の日

すぐにでも栞に謝りたくて、栞の部屋まで急ぐ

近づくなって言われたが…


「し、栞、…俺だ」


返事は無い

そもそも気配が無い


「忠告した次の日に来るとはね」


紫音が冷たい目で横に立ってる


「…わ、悪りぃ。でも、…」

「……姉さんは、数日前から帰ってきてない」

「? どういう事だよ」

「組の仕事で遠方に行ってる、俺はそう聞いた」

「一人でか」

「…楼さんが、今は勉強に専念しろって」

「…」

「じゃあ、そういう事だから」


紫音が居なくなり、手をギュッと握る


「くそっ!」

 

 

紫音side

蓮の前から居なく振りをして、蓮が楼さんの部屋に行くのを見る

壁に凭れ、溜息を吐く


「姉さんを悲しませて、苦しませた分、反省しろ」

 

 

蓮side

急ぎ足で兄貴の部屋に


「兄貴!」

「いきなりどうした」


兄貴に駆け寄り


「栞は!?栞はどこに行ってんだ!?」

「…紫音から聞いたんだな」

「どこだよ!?」

「…お前には話さん」

「あ!?」

「組に属してないお前には、知る必要は無い」

「!」

「分かったら、大学の支度しろ」


兄貴は立ち竦む俺を置いて部屋を出て行く

 

 

楼side

部屋に立ち竦む蓮を横目で見る


「自分の未熟さを…糧にしろ」


今回の依頼は護衛だ

だから対象者の素性や身の回りを予め調べる

対象者…神崎修二は、隣の神崎家に居る

そして、大学は蓮と同じ

栞にはやりにくいだろうが、やると決めた以上

仕事は完璧にこなしてもらう

神崎修二からも特にクレームは無ぇし


…だがまぁ、こんだけ近くにいるんだ


「いつかはバレるだろうなぁ」


まあ、栞なら上手くやるだろ