1…始まり(2)

久八高に向かう車内

和士がバックミラー越しに私をジ〜ッと見て


「…なんか陰キャラになったか?」


…インキャラ?


「インキャラって何?」

「でも、隠す為にはしょうがないかぁ」


よく分かんないけど、見た目が良くないらしい…だったら別のを用意しとけよ


「名前は神凪雫(カンナギシズク)で登録しといたから、学校関連ではソレを使え」

「ん」

「それと男子生徒だから、ソレは隠しとけ」

「男でもネックレスくらい着けてるでしょ」

「そんな可愛いらしいの、男は着けねぇよ」


何があっても肌身離さず着けてるネックレス、デザインは黄色のデイジー

元はお母さんの物

誘拐される前日、私にくれた


『栞、貴女は貴女のままで…ありのままで』


黄色のデイジー花言葉《ありのまま》


私は私でいい…なんて無理だ

だって私は、私が憎いんだから

 

学校の別棟裏の入口に車が停まる

久八高は教室がある本棟と特別室がある別棟に分けられてるらしい

着いたのは、別棟の職員玄関

車内で和士が教えてくれた

別棟だから朝は基本、生徒は居ない


「ここから行け、不安ならフード外すな」

「言われなくても」


普段から使ってる男物のパーカー

これなら周りから顔が見えない


「理事長室に行ってろ、時間になれば呼ぶ。あ、ここ(学校)では力使うなよ」

「ん」


和士は用事があるらしく、車から降りずどっかに行った

理事長室は本棟、ここからは結構遠い

誰も居ないし、力使って…ダメか

さっき使うなって言われたばかり

《力》とは、ある能力の事…私の秘密

これは後に説明

…で、仕方なく歩いて行こうと廊下の角を曲がると

ドンッ


「きゃっ」


誰かとぶつかって後ろに倒れる

フードが取れたし素の声まで出しちゃった


「悪りぃ、大丈夫か?」


顔を上げると手を差し出されてる

手には本が、図書室に居たのか

タイミングの悪い


「大丈夫です」


差し出された手を無視して自力で立ち上がる

男は何故か目を見開いてる


「ぶつかって、すみませんでした」


横を通り過ぎようとしたら

パシッ


「ちょっと待て」

「!?」


手首を掴まれた


「何ですか、離して下さい」

「お前、俺を知らねぇのか?」

「…は?」


何だコイツ、自意識過剰か


「知りません。つか俺、今日転校してきたんで、知る訳無いんですけど

    早く離してくれませんか」

「転校生が朝早くから別棟で何してんだ?」

「関係無いだろ」

「…」


振り解こうとするがグイッと逆に引っ張られる


「わっ」


バランスを崩し、気づくと目の前が黒

男の腕が背中に回ってる

これは、抱き締められてる?

 

「テメェ、何すんだ。離せ」


腕を突っ撥ねるが、ビクともしない

何なんだ、コイツ


「お前、小せぇし、細いな」


…私の身長は160cm

そりゃ男で考えると低いよな

しかもコイツは高いし、180はあるか?

…てか、男が男を抱き締めるって

うわ〜コイツ、まさか…


「俺は桜井蓮だ」


私が離れようとするのを他所に、男が名乗る


「名前聞いても分からねぇ?」

「知らねぇっつってんだろっ、離せ!」


離れようとするのに必死だった所為で気づかなかった

カチャ


「あっ」


男…桜井が私の眼鏡を外す


「お前、ホントに男か?」

「!?」

「声が高い、それに細い」


桜井はそう言いながら、掴んでる私の手首を見る


「失礼な奴だな」

「肌が白い」

「いい加減にしろ。俺は男だ」

「それに指」


桜井が私の指をスルリと触る

驚いて手を引こうとするが、グッと力を込められる


「これは男じゃねえだろ」


クソ、なんとか逃げないと


「しつこい

    お前は知らねぇし、男が男の腕を掴んで抱き寄せるとか気持ち悪りぃから…離せ」


桜井は聞いてるのか聞いてないのか、ずっと私の指と顔を交互に見てる


「名前」

「は?」

「名前答えれば、とりあえず離してやる」


とりあえずってなんだ


「……神凪」

「カンナギ、漢字は?」

「…神様の神に、凪」

「神凪」

「答えただろ、いい加減離せ」


桜井は私をジッと見る


「おい、離せ」

「前髪長いな、この眼鏡も伊達だろ?」


眼鏡を目の前でプラプラと見せられる

名前答えれば離すっつったよな

桜井が前髪に手を伸ばしてくる


「目ぇ見せろ」

「!?」


私は思いっきり桜井を突き飛ばす


「って!」


桜井がよろめいてる隙に走って逃げた

 

 

桜井蓮side


「おい待て!」


神凪はあっという間に姿を消した

逃げ足の速い奴だな

それにしても、俺を知らねぇとは

俺は関東一の桜井組の次男、そして白狐現総長

この高校、この辺りで俺の顔を知らなくても名前を知らない奴はいない

だから俺が名乗れば大概はビビったり媚びてくる

転校生でも名前くらいはと思ったが、知らないと答えられたのは初めだ

それに、知らないとしても…自分から言うのもなんだが、顔は良い方だ

一目見られたら、ソイツの頰が赤くなってるのが俺にとっちゃ当たり前

なのにアイツは表情を一切変えず、逆に離れたがってた

あんな態度を取られるのは、初めてだ…


「おもしれぇ、神凪」

 

 

暫く走ったら目の前に理事長室が

一安心して部屋に入り、ソファに座る


「はぁ、朝からメンドくさ」


あの男、なんだったんだ

俺を知らねぇのかって、自意識過剰野郎が

…でも、誰かに似てる気がする

いや、考えるの疲れた

寝よ


スタ…スタ…スタ…

近づく足音で目を覚ます

けど、誰かは分かったから寝直す

コンッコンッ


「入るぞ」

 

 

和士side

理事長室に入れば寝息が聞こえる

ソファの正面に周ると栞が毛布に包まって寝てる

今は4月、暖かくなってはきてるが栞は寒がりだ

だから栞の居る場所には毛布と温かいモンを用意して、部屋を暖めておく

寝てるのを起こすのは気が引けるが、時間だ

 

「栞、起きろ」

「ん…ん〜」

「これから担任呼ぶから」

 


すぐに目を開き、ソファーから起き上がる


「え、ちょっ「今井先生、理事長室まで。すぐに来い」ちょっと和士」


私の殺気に和士がビクつく


「だ、大丈夫だ!栞が知ってる奴だからっ」


バンッ

ドアが乱暴に開き、誰かが入ってくる


「おい、和士!急に何だよ!もうすぐでHR始まるってのに」


え、この声

 


「栞、お前の担任だ」


和士は入ってきた人を無視して話を進める


「おい!聞けよ!担任って誰の…え?お前、まさか…」

「…正(せい)」


フードを取ってゆっくりと振り向く

正は目を見開き


「栞!」


勢い良く抱きついてきた


今井正(セイ)

白狐の初代幹部…情報収集担当

和士の紹介で知り合って

正の奥さん…奈緒さんとも仲良くさせてもらってる

2人共、海外暮らしの経験があるからか、よく抱きついてくる

奈緒さんはなんとなく安心するから、大人しくしてる

正は避けてたけど、避け過ぎたら、いじけたから仕方なく


正は力を緩め、私の顔を覗き込む


「眼鏡までいるか?カラコンしてるだろ?」


そう言いながら和士を見る

視線を私に戻して


「まあ、いいか」


いいのか


「栞、記憶は?何か思い出したか?」

「…何も」

「そっか…」


正が悲しそうな表情で和士と視線を合わせる

和士も辛そうに俯いてる

正は私に視線を戻すと、今度は優しく抱き締める


「ねえ、何を忘れてるの?」

「…大丈夫、いつか…いつか思い出す」

「…」


こうやっていつも、教えてくれない


「ここでの名前は?」

「神凪雫だ」

「神凪な、了解」

「栞、挨拶だけでいい…教室に行ってこい」


え、行きたくない


「栞、俺もいるから…な?」

「………ん」


理事長室から出ると生徒がチラホラ、フードを深く被り直し正の後ろに隠れる


「俺がいるから」

「(コク)」


頷きだけで返事を返す


教室のドアまで来ると、大勢の声が聞こえてくる

他人と会うと思うと体が震え始める


ここで、私についての説明

さっき言ってた《秘密》…それは簡単に言えば《超能力》の事

物心つく頃には自然と使ってた

両親と弟は普通、私だけこんな力を持ってて

最初は流石に皆ビックリしてたけど、ちゃんと受け入れてくれた

大好きな両親と紫音と幼馴染の和士と楼っていう、もう1人の兄

……あれ?

幼馴染って2人だけだったっけ…

まあいいや

で、力の事で今まで色んな視線や言葉を掛けられてきた

それは今でも同じ

他人と目を合わせれば、何を言われるか

関わり合っても、私の秘密を知れば、どんな態度を取るか

人は普通と違うモノを見ると、煙たがるか面白おかしく騒ぎ立てる

散々、そういう目に合ってきた


もう、誰とも関わりたくない

私を見ないで、側に来ないで…っ!


そう思い続けた結果、気を許してない人が近くにいると体が拒絶反応を起こし、

震える様になった

正と奈緒さんとかには苦労させたな


だから、さっきから震えが止まらない

両手で正の服の裾をギュッと掴むと私の頭を撫でてくれる

…そういえば


「さっき」


あの男、桜井には震えなかった


「ん?何か言ったか?」

「何でもない」

「入るぞ」


正がドアを開けると今までの騒ぎ声が収まった


「今井と入ってきた奴、転校生か?」

「何で今井にくっついてんだ?」

「ってかフード被ってるし、なんか暗くね?」


次々と向けられる言葉と様々な視線

正が教壇に立ち、出席簿を机にガンッ!と叩きつける

殺気を出し低い声で


「おい。それ以上言ってみろ…お前等、潰すぞ」

「「!?」」


流石、元白狐幹部

でも

掴んでる裾を軽く引っ張る

抑えて

正は私の言いたい事が分かったらしい

溜息を吐き、殺気を抑える


((今井の殺気を抑えた!?))


「転校生の神凪雫だ」


少しだけ姿を見せ会釈だけする


「今日は実習な」


それだけ言って教室を出た

教室では


「あの転校生、何だ!?」

「今井を抑えたぜ!?」


等とプチパニックになってたらしい


理事長室に戻ろうと思ったけど


「屋上、行ってみるか?」

「屋上?」

「本棟は立ち入り禁止にしてるけど、別棟は入れるんだ。

    鍵も持ってきてるし、今日は天気も良いし、誰も来ない筈だ。」

「…筈?」

「っ、ああ」


正が戸惑い気味に答える。

ジッと見つめると溜息を吐き


「白狐の溜まり場なんだ」

「…」

「で、でもな?今日は学校にも来ないから…な?」

「…」


屋上…行ってみたい


「…分かった」

「!」

「今日は来ないんだね?」

「ああ!」


別棟の屋上へ続く階段の手前

〜♪


「?……!?」


思わず立ち止まる

横の教室から聴こえる音楽

コレは、お母さんが唄ってくれた子守唄


「栞?」


正は不思議そうに私を見る


「寄り道」

「寄り…え!?」


コンッコンッ


「はい、どうぞ」


ドアを開けると、ピアノ越しにこちらを見る茶髪の女性

柔らかな雰囲気で、なんとなく似てる…お母さんに


「栞?どうした?」

「あの人…お母さんに似てる。今の曲も、お母さんが子守唄に唄ってくれた…」

「…えっ」


フードを外して入り、女性に近づく


「おはようございます。見ない顔ね、新入生かしら?」

「お、おはよう…ございます」

「おはようございます、水沢先生」

「おはようございます、今井先生」

「水沢、先生?」

「水沢文先生。音楽の授業とカウンセラーをしてる」

「…」

「何か悩みがあれば、私の所に来て下さいね」

「…」

「新入生ですか?」

「いえ、転校生です。2年3組に」

「そうなんですね、名前は?」

「神な「神凪雫です」!?」


正が私を凝視する

私が自分から名乗ったのが信じられないから

水沢先生には、体は震えない

この人は大丈夫


「神凪君ね」

「はい。よろしく、お願い、します」

「こちらこそ」


正は小さく


「そろそろ行くか」

「ん、水沢先生」

「何ですか?」

「いつ来れば、ピアノを聴けますか?」


水沢先生はフンワリと微笑んで


「音楽の授業がある日の昼休みに

    授業は週2日、火曜と金曜の午前中に

    カウンセラーは基本、放課後にしてますが、希望があれば時間を変えれます

    今はピアノの調律ついでに弾いてたんです」

「分かりました。ありがとう…ございます」


音楽室を出る際、チラッと振り返る

水沢文先生


ガチャ

屋上に出ると風が頰を掠めた


「気持ち良い」

「来て正解だな」


フードと眼鏡を外して空を仰ぎ見る

鳥が風に乗って飛んでる

あの鳥みたいに自由になれたらな…


「栞、お前はもう自由なんだ」

「…」

「どこへだって、行ける」

「…」


何も返さなかった…いや、返せない

約8年間、ずっと1人で居た何も無い灰色の部屋

1つだけの小さな窓から見える景色…そこから見える鳥

その鳥を見つめ

私も…と思った

普通の…外の世界を知らなかった私にとって

行きたい場所なんて…何も思い浮かばない

 

でも、見つけてほしい…とは願ったかな


♪〜

正の携帯が鳴る


「和士か、なんだよ。…は⁉︎今日は来ないっつってたぞ?……マジか、嘘だろ」


何かあったか


「今は?教室?分かった」


携帯を乱暴にしまい


「あ、あのな…白狐が来てる」


ピクッ

体が自然と強張る


「いや、今は教室に居るからっ!ここには来させないからっ、な?」

 

帰ると思ったんだろう、実際そのつもりだし

でも…正を信じるか


「分かった。もう少しここに居る」

「そっかっ、んじゃあ俺は行くから!帰る時は和士に連絡してくれ!」

「…ん」


足早に正は屋上から出て行く

私はフェンスに近寄り、座って凭れる

気持ち良いから、寝よ

 

 

正side

教室まで全速力で走る

今日は来ないっつってたのにっ!

白狐幹部メンバーの1人、バカ…じゃなく、いや、バカだ

バカの前原が授業を受けないと単位がヤバいと慌てて来たらしい

何故和士との連絡だけで分かるか

生徒の駐輪場は職員室から見えるし

前原が


「ヤベー!」


とかって大声を出しながら教室に行くから、

他の教師が苦笑して話してるのが聞こえてきたんだと

だからサボるなってあれ程言ってんのにっ!

考えるだけで苛立ちが増していく

今日来なくてもいいだろうがっ!

空気読めっ‼︎

やっと教室まで来ると、居る筈の奴が居ない

え、何で…


「おい、前原は?」

「今井が居ないっつ〜事で、桜井達と屋上に行きましたよ?入れ違いっすね」


………はあ⁉︎

んだよそれ⁉︎

そんくらい待ってろよ!


「今井が来たら連絡くれって言われてますって…どこ行くんすか!」


携帯を出す生徒を無視して、また全力で屋上に戻る

頼むっ間に合ってくれっ‼︎