9…クライアント

「…、…」

「…、」


誰かの声が聞こえる

バシャッ!と冷たい何かを掛けられ、意識が浮上する


「…ぅ」

「起きたかね?」


この声、どっかで…

ゆっくりと頭を上げれば


「アンタは…」


唯一、別邸に来た


「あの時の、クライ…アント」

「私を覚えてるのか?嬉しいねぇ」


いや、ちょっと待て

俺はあの時、隣の部屋に居た

何でコイツが、俺を知ってる?


「何で、俺を…」

「自分が何でここに居るのか不思議に思ってるね?

 …いや、違うな

 ここに居る疑問もある筈だが、あの時君は同じ部屋には居なかった

 君は今、何で私が君という存在を知ってるのかを不思議に思ってるね」

「!?」

「私は頭の回転は良い方でね、そんな事はすぐに分かってしまうよ

 ついでに聞くと、君はあの男から私の名前を聞いてないのか?」

「…」

「では、改めて…私はジョン・ネーガー

 表向きには実業家だが、銃やドラッグの密輸もやってるよ

 気軽にジョンと呼んでくれ」


ニヤァと嫌な笑顔を向けてくる


「さて、私は優しいのでね、君の疑問を解いていこう

 まず私が何故君の存在を知ってるか

 そんなのは簡単、ドアが僅かに開いたのを見逃さなかったんだ

 その僅かな隙間からでも君の気配を認識出来てたんだよ

 次に、何故自分が捕らえられてるか疑問だろう?

 私が思うに…、君は、ケイが日本にいる少しの期間に雇われたSPだ」


ジョン・ネーガーは椅子に縛られた俺の周りを歩きながら、愉快そうに喋る


「私の目的はケイだ

 いや…、厳密に言えばケイが持ってる情報とツールだ

 例えば、桜井組が保有している…鷹」

「!?」

「鷹の存在を知ってる者は多い

 だが、私は他の奴等とは違う

 鷹には、人ではあり得ない妙な力を持ってると聞く」

「…っ」

「私だって最初は信じなかったよ

 だが、あるモノを見て本当だと分かったんだ」


ジョン・ネーガーは俺の前で止まり、ニヤァと笑顔を見せる


「昨日のパーティー会場の外で、君とケイの婚約者が忽然と姿を消したところをね」

「!」

「ケイが出席すると知って、私も招待状を手に入れたんだよ

 そしてケイと一緒にいる君等が外に出るのを見て、遠目に後を付けていたら

 君等は立ち止まって、その場で消えてしまった

 あの時は流石に驚いたよ」

「…っ」


まさか、見られてたなんて…っ


「かなり遠くで見てたし、気配を消すのが上手い部下が多くてね

 殺気も無いから全然気付かなかっただろ?

 …にしても」


ジョン・ネーガーは俺の顔をマジマジと見る


「不思議な事に、君と彼女の顔が覚えれない

 パーティーではケイが一緒にいたから後を付けたが…」


栞の力が効いてる


「あ、そうだ。もう1つ聞きたい事がある

 一緒にいた彼女は、ケイの婚約者だと言ってたが…、君の彼女じゃないのか?」

「!?」

「あそこから君等を連れ出す時、ケイは君等と少し離れた所で眠っていたが

 君と彼女は向かい合って眠っていた

 そして…」


ジョン・ネーガーが自分の指を見せ


「ペアのアクセサリーを着けている」

「…」

「さて、何故君にこんなに長々と話をしてるのか

 疑問に思わないかい?」

「…」

「私はね、彼女こそが…、鷹だと考えてる」

「!」

「パーティーでケイの側にいる君等のどっちかが鷹だと確信し

 もう一度、今までの鷹の情報を整理してみたら

 1つの古い情報が出てきたんだ

 君は知ってるかい?鴉間という過去の人物を」

「!…っ」


鴉間…っ!

いつまで経っても栞に纏わり付きやがってっ!

ジョン・ネーガーはまた俺の周りを歩き始める


「鴉間の所有物の監視記録が見つかってねぇ?

 黒いローブを纏う人物が後ろ姿でいて、暫くすると振り向いて立ち去った映像だ

 最近のテクノロジーは便利でね?

 一瞬だけ映った人物の顎の骨格を調べて、現在の人物に当てはめれるんだよ」


ジョン・ネーガーがパチンッと指を鳴らすと

奥からズズ…、ズズ…と何かを引きづる音が

目を凝らして見ると、男が片手に縄を持って近付いてくる

その足元には、両手足を縛られて引きづられる栞が


「! しっ…!」


慌てて口を噤む


「お?惜しいねぇ、彼女の本名が聞けると思ったのに」


ジョン・ネーガーは栞の前にしゃがみ、栞の髪を撫でる


「触んなっ!」

「彼女、いや…鷹と分かった時点で痺れ薬も追加した

 ああ、そういえばケイはそこにいるよ」


ジョン・ネーガーが俺の横を指差すと、今まで暗かった所に光が当てられた


「! ケイッ!」


ケイは俯いてる頭を上げ


「…いつ出番が来るか、待ち侘びたよ」

「君から情報を聞き出して鷹を奪おうとしてたが、変更だ」


ジョン・ネーガーは栞の頰を撫で


「鷹がこんなに見目麗しい女とは予想外だ

 私はもう、彼女が手に入りさえすれば良い

 鷹がいれば、君の情報なんていくらでも手に入れれる」


栞を手に入れるだと…


「ふざけた事言ってんじゃ!「ふざ…け…ん…な」」


栞から声が


「気が付いたね」


ジョン・ネーガーが栞の顔を上に向かせ、前髪を払う


「鷹、漸くその瞳を見れた」


ジョン・ネーガーが栞の頰を撫でる

栞は痺れ薬が効いてる所為で身動きが出来ず、表情を顰めるだけだ


「左目、オッドアイなんだね。凄く素敵だ」

「…っ」


今すぐにでも栞から引き離したい…っ

何とか動こうにも手足を縛る縄がミシミシッと音を立て、皮膚に擦れるだけだ


「鷹、私の物になれ。私の側でその美しい顔を見せておくれ」

「んな…の、聞き…たく、ねぇ…ん、だよ、虫唾が…走る」

「ん?この状況でそんな事を言っていいのかな?」


ジョン・ネーガーが手を上げると、部下がナイフと注射器を手渡す

注射器を栞の首に刺し


「コレは即効性の特別な薬でね、痺れを取らずに痛覚を戻す

 だが、私の物になると言えば、すぐにでも楽にしてあげよう」

「誰がなるか」

「そうか

 ならそう言うまで、痛め付けてみるとしよう

 鴉間の元にいた君は、どこまで耐えれるか」


ジョン・ネーガーがナイフを振り上げた瞬間

栞が一瞬ケイを見る


「試してみようか」


ブスッ!とナイフが栞の太腿に刺さる


「っ!…あああっ!!」

「栞ぃっ!!」

「ほう、やっと名前を呼んだね」

「!」


しまった…っ!


「君は、シズクというのか」

「!」

「ぅ…、ぐぅ…っ、あっ…!」


栞は体をくの字に、痛みを堪えてる

ジョン・ネーガーはナイフを掴むと、一気に引き抜く


「!…ぅあっ!」


ジョン・ネーガーはナイフを見つめ


「妙な力があるといっても、血の色は同じか」

「! 当たり前だろうがっ!!」


栞を何だと思ってるっ…!

ジョン・ネーガーは楽しげに俺を見る


「当たり前か…。…なら急所も同じなのか…」


ナイフを振り上げる


「なっ!」


急所に深々と突き刺した

栞の目が見開く


「…っ!あっ…!」

「栞ぃぃぃ!!!」

「いちいち煩いねぇ、それにしてもケイは静かだね」


ケイを見ると、いつの間にか俯いてる

気絶、してるのか?


「薬がまだ効いてるみたいだね。ところで君」


前を見れば、ジョン・ネーガーが栞に刺さってるナイフを掴み


「君に選択肢をあげよう

 コレを抜いて、彼女を死なせるか

 君に刺して、これ以上煩くならない様にするか」

「!?」

「君に刺すんだったら、当たりどころが悪くなければ生きて帰れるかもね」

「…」


んなの、答えは決まってる


「俺に刺せ」

「!…れ…」


栞が俺を見る

俺は大丈夫だと笑顔を見せれば、栞は表情を顰める


「君はどこがいいかなぁ?」


もう1本ナイフを手にし、俺の体の前で見せつける


「よし、ここにしよう」


ジョン・ネーガーがナイフを振り上げ、体に刺さる瞬間

バチッ!とナイフが赤い光に弾かれ、カランッ!と床に落ちる

ジョン・ネーガーが驚き、すぐに栞に振り向く

栞の左目にはペンタクルが


「おお!ソレは何だ!」


ジョン・ネーガーが喜びの声を上げ、飛び跳ねる勢いで栞に近付く

部下達が茫然と佇む間、栞が俺とケイに視線を向けると体の縄が解けた

ケイもまだ俯いてるが、ちゃんと見ると目が開いていてアイコンタクトを交わす


「他にどんな事が出来る!?もっと見せてくれ!!」

「煩…い…、耳元で…喋る…な」


栞はジョン・ネーガーに視線を向けながら


”2人…、合図…したら、部下を…制圧。コイツ…は、俺が…やる”

“おう“

”了解“


「そんなに、見たい…なら、見せて…やる」

「おお!是非とも!」


ジョン・ネーガーが興奮して気を緩めた瞬間


「今だ!」


俺とケイは立ち上がり、動揺する部下達を一気に制圧する


「何をしてっ、がっ!」


ジョン・ネーガーは首を抑えて倒れた


「栞っ!」


さっきの栞が弾いたナイフを拾い、縄を切る

ケイが自分の服を千切り、血が流れる太腿に巻き付ける

俺は傷に障らねぇ様にしながら上半身を抱き上げる

栞は苦痛の表情で目を瞑り、息を切らしてる

出血の所為で顔が青白い…っ


「栞!早く治せ!」


栞は少し目を開け


「それより…も、ケイ…」

「ああ。お前のお陰で手に入った、ありがとな」


そういやぁ、ここに来た目的…

俺の考えてる事が分かったらしく、ケイはニッと笑み


「ずっと俯いてたろ

 栞がアイツの部屋にしかない情報を探って俺に伝えてくれたんだ

 伝わるのは一瞬だが、それを脳内で整理したりするのが大変だから

 俺はソレに集中して、何も言わないのを疑われない様に俯いてた

 今回の仕事はこれで完了だ、早く「ビーッ!ビーッ!ビーッ!」」

「何だこの音!?」

「まあそう簡単には帰らせてくれないか」

「さっさとここから出ねぇとっ!栞!早く傷を「そんな、暇は…無い」」


気付けば栞の左目には、またペンタクルが


「追っ手が、近く…に、早く…」


栞が立ち上がろうと身じろぐのを見て、すかさず抱き上げる


「お前は足の傷を治すのに集中しろ」


まずは出血が酷い足を治さねぇと


「行くぞ」